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夫の浮気なんて前からのことだし、今更調べたってお金の無駄。こんな風に考えられる人がうらやましく思えた時期もあります。結婚そのものに疑問を持っていた私は、主人のこれ以上の裏切りを許すことが出来ずに浮気調査を依頼しました。
私が結婚するとき主人は私に何も話してくれなかったのです。
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義母が肺がんだった事を義父と、その1人息子である主人に、医師の口から知らされたのは、結納の前日のこと。私に知らされたのは、それから45日後・・・結婚式から2日あとのことだった。実は結婚式2日前に「結婚したくない」と実の母に訴えてはいたが、「ただのマリッジブルー」と思ったらしく、なだめられた。
それから3ヶ月後、義母は亡くなり、長女が生まれ主人の実家に帰ることになった。
義父は、眼鏡と補聴器をつけていたが、あまり気にしていなかった。車の運転に支障がある程、目が悪いなどとは、夢にも思わなかった。何度となく、赤ん坊を踏みつけられそうになり、怖かった。その後、義父の白内障の手術で、少しはよくなったけど目の前に這う、赤ん坊には気が付かない。私は、気が立ってしょうがなかった。今もなお、目の前にあるお茶に気づかず「お茶とって〜」という。
二女が生まれたのは、それから2年後。瞬く間に子供は大きくなり、長男出産した時には、長女6歳の誕生日を目の前にしていた・・・ |
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長女の、様子がおかしかったのには、前の年から気が付いていたにもかかわらず、日々の忙しさや相談する人、全ての声に惑わされ、病院に診てもらう事に負い目を感じていた。けれど、日増しに長女の様子が変だと思う時間が多くなっていった。長女は”欠神発作”病名は、てんかんだった。数秒〜数十秒間、意識が無くなる病気でその間はどんなに大きな声で呼んでも応答がない。今も朝晩の薬は欠かせない。
長女もさることながら、長男は生後まもなく眼が揺れていることに気づいた。2ヶ月目に小児科に診てもらったところ「生後間もない頃は、眼位が安定していないことが多く、まだ何とも言えない。4ヶ月健診の時に、また診る。」とのこと。やはり、母親が感じることが1番的中する、と思った。”眼振(ガンシン)”水平性眼振というそうだ。生まれつきで、治ることがない・・・。 |
4ヶ月健診の前に、風邪で診てもらった時のこと・・・じっと長男の顔を見て、なかなか言葉がでない。やっと口をついて出た言葉は「お母さん、徳洲会病院に走ろうか!?」 「えっ?」「ちょっと、おかしいので・・・目が・・」 「えっっ?!でもこの間、診てもらいましたけど・・その時4ヶ月健診で・・・って・・・!」医師はペラペラとカルテをめくり、「そうでした!じゃ、行かなくて良いでしょう。では、お姉ちゃんと一緒に”こども病院”を紹介します。」年末の忙しい時期だった。
風邪のウィルスが脳にはいった、と勘違いしたらしかった。(とんでもない勘違いだ。)正月が明け、長女は脳波を計り、長男は眼底検査を。帰ってから、義父に報告した。すると、私が6年もの間、聞かされていなかったことを耳にすることに・・・。
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義父の父母が従兄弟どうしの結婚であったこと。義父は5人兄弟で、そのうち2人が身体障害者になってしまったのも、その為であったこと。もちろん、私の子も然り・・・
私は、自分を恨み、悔やみ、責めた。何故教えてくれなかったのか。じゃ、何故聞かなかったのか。主人とは、みずかけ論である。それからというもの、ショックのあまりしばらく誰にも会うことができなかった。
1番悔やまれることは、自分が調べようとしなかった事。相手は、悪気があった訳ではない。隠していた訳でもない。自分自身が、不信にも不安にも思っていなかったのだ。”血縁”の意味を、しっかりと考えていなかったからなのだ。今となっては、若かった、としか言いようがない。 |
こんな事があったから、今回の浮気は許す事ができませんでした。興信所に依頼して、証拠をつかんで突きつけてやりました。
主人は、何にも言い返さず黙ったまま。これを機会に私は今までの気持ちを洗いざらい話しました。
いつもは、お前も悪いって言われて話しの十分の一くらいしか、聞かなかった主人が、黙って話を聞いてくれました。本当は、浮気なんて私の中では、たいした事ではありません。それよりも今までの気持ちをぶつけられたことの方が、収穫でした。
それ以来主人は、私の話を良くきいてくれます。うそをつかないようになりました。義父とも話をしてくれ、別々に暮らすようになりました。以前よりはストレスもなく生活ができています。
今は浮気より、結婚前の調査をして欲しかった。の一言です。しかし、これは自分の責任だと認識しています。 自分の事で自分の人生が険しくなるのは、しょうがないと思っています。しかし生まれてきた子供たちには何の罪もありません。この子達が本当に幸せになれるよう、母親として、これからの事を考えて生きて行きたいと思います。生まれてきた子供の人生も・・一度きりなのだから。 |